酵素パワーで肉を柔らかくする

牛モモ肉のプロテアーゼによる前処理

ちょっと特殊な調理方法だったけど、先行研究もあったから何とかなった。

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結果として肉は柔らかくなった。マイタケの風味も感じられず、肉の風味も壊れなかった。

レシピ

マイタケからたんぱく質加水分解酵素を抽出する工程、肉に酵素を注入する工程、肉を低温調理する工程に分かれる。
塊肉に針を突き刺すから、事故と衛生に気を配るべきだ。注入という工程を考慮して、温度は高めの摂氏65度に設定した。煮沸やアルコールなどで器具類の殺菌もすべきだ。

材料

  • 牛モモ肉
  • マイタケ
  • マキシマム
    • こしょう

調理

  1. プロテアーゼ抽出
    1. マイタケと1.5倍の水をフードプロセッサーに入れてホモジナイズする。失われたものは何か?
    2. マイタケ抽出液をガーゼか網で裏ごしする。ろ紙の類いは使わない方がいいだろう。
  2. 下処理
    1. 抽出したプロテアーゼ溶液を可能な限り早く肉に注入する。3回程度に分散させて均等に打ち込む。
    2. 今回は比較対照のため、同様にして水を注入した肉も用意した。
    3. できれば冷蔵庫で15分程度なじませる。
  3. 加熱
    1. 65℃に設定した低温調理器で1時間30分加熱する。

コラム

酵素のチカラ

たったこれだけでも急激に胡散臭くなることを認めざるを得ない。もちろん「脂肪ドババッ」とはやらない。あの広告を見る限り、内臓を構成するたんぱく質が分解されて死ぬのではないだろうか。
最近のダイエット系の広告には思わず笑ってしまう。脂肪細胞を破壊したり、溶解したり、ナノ粒子に分解したり。「有効成分」ではなく「有用成分」としているのがミソなのだろう。効果を標榜したら薬事法……はもうなくて、薬機法でアウトだ。
酵素ダイエットだって酷い。何の酵素だか知らないが、そもそも酵素はたんぱく質だからpHの低い胃で活性を失うだろう。そんなものを飲むくらいなら消化酵素製剤を飲んだ方がマシだ。
話を食肉に戻そう。肉は加熱すると固くなる。たんぱく質の変性のせいで固くなるから、できるだけたんぱく質の過度な変性を抑えながら加熱料理をするのが低温調理のメリットだった。
今回はその逆を行く。たんぱく質を完膚なきまでぶち壊して肉を柔らかくしようという考えだ。肉を叩いたり、剣山みたいなテンタライザーを使って肉を柔らかくしようというのではまだ甘い。分解酵素を使って筋原繊維たんぱく質を破壊して肉を柔らかくしよう。
まずプロテアーゼをどこから入手するか考えよう。真っ先に思い付くのは購入だった。抗体の加工にパパインやDNAやRNAの抽出にプロテイナーゼKなど、プロテアーゼは生化学の実験でよく使う。だからもちろん試薬としての販売はある。
しかし無理だ。どれも1グラムで10万円前後する。それで肉を調理できるとは到底思えない。
グレードを落として、初めから食品用に販売されているたんぱく質分解酵素を探してみる。これとかこういうのがあるが、どうも腑に落ちない。私にも自然派ママな部分がある。
混ぜ物がされているのが気にくわない。塩味や甘味は自分で調整したいから、できるだけ純粋なプロテアーゼが欲しい。
市販薬の消化酵素製剤を使うという悪魔のような案も思い付いた。流石に肉の軟化は適応外だろうからダメだ。私にはできない。
となると自力でプロテアーゼを抽出する他ないだろう。ではどの生物のプロテアーゼ、たんぱく質加水分解酵素を使うか。
プロテアーゼ自体は多くの生物が持っている。とか言ってヒトの膵臓から分泌されるプロテアーゼ(トリプシン)を使うわけにもいかない。
プロテアーゼといえば「パイナップルのゼリーは作れない」という有名な話がある。これは生のパイナップルに含まれるブロメラインと呼ばれるプロテアーゼがゼラチンのコラーゲンを破壊してしまうからだ。
しかしパイナップルやパパイヤを使おうとは思えなかった。酢豚にパイナップルが含まれていることを未だに許せていないからだ。ピザに乗せるのもやめろ。
果物以外で探してみるとイカの内臓という案も出た。塩辛はイカがそれ自身の内臓に持つプロテアーゼで自己消化させたものだ。しかしイカの内臓の風味を強く移してしまうし、何より菌数が爆上げになるから論外だった。
そうして最後に辿り着いたのがマイタケだ。抽出も簡単で、先例もあり、風味も肉と外れない。
また、マイタケのプロテアーゼが持つ特性も選択理由になった。マイタケのプロテアーゼは社椀蒸しの失敗要因となりうるくらいに、高温でも活性を発揮する。ともすれば低温調理には向いているだろう。文献によれば70℃1時間でも活性を示すらしい。
もうこれしかない。
マイタケに含まれるプロテアーゼを使うと決めたところで、どうやって肉に適用しようか考えた。外側に塗ったのでは些か芸がないように思える。薄っぺらい肉ならそれでもいいが、塊肉となると表面に塗っただけでは不安だ。
ならば注入しよう。フランス料理では「ピケ」と呼ばれる手法らしい。だからeBayではるばる中国から肉に注入するための大きい注射器を購入した。ちょっと卑猥だ。

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肉に何かを注入するというと、なんだか食品偽装のようだが美味しくてそこそこに安全なら構わない。なんなら牛脂を注入したっていい。
注入は意外に難しかった。しっかり押さえないと針を刺した隙間から液が漏れ出てしまう。ことのほか手間だ。
均等に注入しなくてはいけないが失敗した。柔らかい部分はドン引きするほどに柔らかくなり、プロテアーゼが届かなかった部分は比較的固いままというムラができてしまった。
それと解けるほどに柔らかすぎてなんだか食べた感じがしない。噛み応えという概念すら失ってしまったようで、食感がいいとは言えない。
やはりひたすらに柔らかい肉が良いわけではないだろう。ただ固い肉と食感がいい肉は別物だ。恐らく、マイタケのプロテアーゼをこんな形で使う事はもうないだろう。手間の割りに美味しくない。

参考

研究用試薬・抗体・機器・受託サービス フナコシ株式会社
きのこの添加が牛肉の加熱調理におよぼす影響
食肉の理化学的性質に及ばすきのこのプロテアーゼの影響
ブナシメジに含まれるプロテアーゼの筋原線維タンパク質分解作用
卵白の加熱凝固に対するマイタケ中のプロテアーゼの影響
マイタケ(Grifola frondosa(Fr.)S.F.Gray)子実体から溶出する加水分解酵素
マイタケ抽出液の注入による牛肉軟化とタンパク質の変化
マイタケ抽出液と低温スチーミング調理併用による食肉軟化について