濃厚流動食と完全栄養食品と

人はパンのみにて生くるものにあらず

そりゃそうだ。フランスパンだけではとてもじゃないが生きるに栄養素が足りない。フランスパンだけで1日に必要なカロリーをまかない続けたら死ぬだろう。
栄養はつかみどころがないと思う。生化学的に栄養素が何をするのか分かったとして、それがどの食品に含まれていて吸収率はどうなのか、どんな相互作用(食べ合わせ)があるのか、栄養素を破壊しない調理方法はどうなのか。それを専門にして生業としている人にしか網羅できない。
だから完全食が登場した。それさえ食べていれば、栄養はばっちりという食品だ。手間がかからず時間の節約になり、それでいて栄養が過不足なく摂れるという食品だ。
完全食の元祖は間違いなくカロリーメイト(R)だ。大塚製薬が自社のハイネックス(R)-Rという濃厚流動食を原型に改良を重ねて一般向けに栄養補給用として販売開始した。
しかし完全食として一般に販売された始祖は"soylent(R)"だろう。アメリカ発のプロジェクトで、クラウドファンディングで資金を募っていた。
そこから完全食という流れが始まった気がする。粉を水で溶くタイプから始まって、いまや液体やグミ、果てはパスタの製品も売られている。
ソイレントの登場を受けて完全食を自作したこともあるが失敗した。常食にできるほど整った味を得るのはなかなか難しく、加えて料理を趣味とする人間は完全食に耐えられなかった。
カロリーメイト(R)が病院で使われていた濃厚流動食から生み出されたように、エレンタール(R)やラコール(R)NFなど医薬品には完全食と似たものがある。
いわゆる流動食は天然濃厚流動食、人工濃厚流動食の2つに大別され、人工濃厚流動食は更に半消化態栄養剤、消化態栄養剤、成分栄養剤の3つに分類される。
こういった流動食と一般に販売される完全食を比較すると何が違うのだろう。完全食の立ち位置としては天然濃厚流動食が近いだろうか。厚生労働省が出している日本人の栄養摂取基準に準拠して比較してみようと思う。
完全食に近い栄養補助食品としてカロリーメイト(R) 缶 カフェオレ味メイバランス(R)Miniを比較する。完全食としてはCOMP(R) POWDER
soylent(R) Powderを比較する。医薬品ではない流動食としてCz-Hi(R)1.5メイバランス(R)2.0マーメッド(R)ワンを比較する。医薬品として成分栄養剤のエレンタール(R)配合内用剤、消化態栄養剤としてツインライン(R)NF配合経腸用液、半消化態栄養剤としてラコール(R)NF配合経腸用液、エンシュア(R)・リキッド、エネーボ(R)配合経腸用液を比較する。
12品目についてカロリーに合わせて栄養素を計算し、2015年度版日本人の栄養摂取基準(男性・19~29歳・身体活動レベルⅠ)の充足率で比較した。

比較

それぞれについて栄養素と摂取基準を記載したcsvファイルを置いておく。

PF.csv

エネルギー

人間がエネルギー源として主に使うのは糖質と脂肪だ。この2つはダイエットでしばしば削減されがちだが、考えなしにそれをやると脂肪でなく筋肉を削ってしまう結果になるかもしれない。身体にエネルギーが不足した時、最後に手を出されるのは筋肉だ。またケトアシドーシスの恐れすらあり、糖質や脂肪を全く削減してしまうのは得策ではない。
糖質と脂肪はそれが何なのかが重要だ。もしも糖質が全てブドウ糖だったら血糖値は急激に上がって急激に下がる。
だから消化性の異なる糖質を複数配合して腹持ちを改良するのが完全食と流動食の両方に重要だ。しかし今回それは分からない。とりあえず糖質というだけだ。
完全食は糖質控えめで、代わりにたんぱく質の配合が増えているが、詳しくはたんぱく質の章で説明することとする。
脂肪に関しては高齢者でない限り飽和脂肪酸は7グラム以下にすべきとされる。加えてn-3系やn-6系と呼ばれる必須脂肪酸の摂取が必要だ。
エレンタールは腸管を休ませる処方であるため、脂肪の配合は少なくなっている。だから必須脂肪酸は欠乏している。このように医薬品の流動食には必須脂肪酸の要件を満たせていないものがある。
しかし完全食と食品区分の流動食も必須脂肪酸の要件を満たしていた。よって問題はない。
中にはDHAやEPAなど生合成できるが効率が悪い脂肪酸が添加されているものもある。これらは認知機能に関わったり、血中中性脂肪の上昇を抑えたりする。
結論として糖質や脂肪に問題はない。

たんぱく質

たんぱく質は身体の固形成分の殆どを担うから重要な栄養素で、必須アミノ酸は体内で合成できないため外部からの摂取が必要だ。
だいたいの流動食は大豆か牛乳のたんぱく質を利用している。必須アミノ酸の含有率を示すアミノ酸スコアは牛乳も大豆も100で完璧だ。
また分枝鎖アミノ酸と芳香族アミノ酸の比率、フィッシャー比という値もあるが、これは肝機能が正常ならば気にする必要はない。ただ食品区分の流動食ではどれも2.8前後だった。
たんぱく質としての要求量は最低でも1日に60グラムだが、どの製品も100パーセントどころか150パーセント前後の充足率だった。エネルギー源としてのたんぱく質は糖質や脂肪に比べて効率が悪いが、それゆえに良い点もある。
結論としてたんぱく質について問題はないだろう。現代はたんぱく質の不足が言われているから、多めなのは悪くない。

ビタミン

必要なビタミンはビタミンA、ビタミンD、ビタミンE、ビタミンK、ビタミンB1、ビタミンB2、ビタミンB6、ビタミンB12、ビタミンC、ナイアシン、パントテン酸、葉酸、ビオチンの13種類だ。
アメリカFDAはコリンも必須だとしているが、日本の基準に記載はなかった。コリンは体内で合成できるものの、効率が悪いため外部からの摂取を必要とする。
 ただコリンは細胞膜にあるから、完全に合成品の流動食でもない限りは含まれるだろう。人間での欠乏症は報告されていない。よって今回の評価からは除外する。
ビタミンは脂溶性ビタミンと水溶性ビタミンに大別される。欠乏はどれも問題だが、過剰症が問題になるのは主に排泄しにくい脂溶性ビタミンが主だ。
脂溶性ビタミンはビタミンA、ビタミンD、ビタミンE、ビタミンKの4つだ。ビタミンEとビタミンKには経口摂取による過剰症は報告されていない。
だからビタミンAとビタミンDの過剰症、というかもはや急性中毒が問題になる。しかし、どれも起きそうにないだろう。そんなに飲む前に吐くに違いない。それこそ死ぬほど飲むしかない。
しかしサプリメントで更に補給した場合には過剰症の危険がある。だから完全食を食べる場合はサプリメントを中止すべきだ。というか完全食なのにサプリメントを摂ったら無意味ではないだろうか。
急性中毒に関して問題はないとして、複合的なビタミンの長期的な摂取についてはどうだろうか。これには色々とある。健康に良い報告と健康に悪い報告の両方がある。だからなんとも言えない。ろくなエビデンスもない。誰かまとめて研究して報告して欲しい。
消化管や肝臓や腎臓への負荷は別に問題にならないだろう。内臓は状況に応じて稼働率を調整する機構が備わっている。
そして全部まぜこぜになっても吸収は悪化しないだろう。むしろ混ぜた方がよく吸収される栄養素が多い。
結論としてビタミンに関してどれも明確な問題があるとは言えなかった。

無機質

人間が必要な無機質はナトリウム、カリウム、カルシウム、リン、マグネシウム、マンガン、銅、亜鉛、鉄、ヨウ素、セレン、クロム、モリブデンの13種類だ。このうち必須微量元素とされるものはマンガン、銅、亜鉛、鉄、ヨウ素、セレン、クロム、モリブデンの8種類だ。
欠乏症に関しては記載がなかったりして漏れている部分もあるが、おおよそ目標量をクリアしている。カロリーメイト(R)はもう知らん。
だが医薬品の流動食にはセレン、クロム、モリブデン、ヨウ素が配合されていないものもあるため、その欠乏症は問題になる。セレン欠乏症は添付文書にも書かれている。
過剰症に関して必須常量元素は過剰に摂取してもおよそ生活習慣病のリスクが上昇したり、特定の疾患を持つ人が死ぬ程度だ。
しかし必須微量元素の過剰摂取は致命的となりうる。微量というだけあって、微量でいいというか微量でなければならない。
ここがちょっと怪しい。鉄、銅、ヨウ素、マンガン、クロム、セレン、モリブデンの過剰症は致命的になりうる。
男性は鉄をあまり排出しないため、鉄過剰症のリスクが高い。亜鉛を過剰に摂取するとメタロチオネインが誘導されて銅の排泄が促進されて銅欠乏症の危険が高まる。モリブデンは銅の排泄の関与していて、過剰症では銅欠乏症になる。ヨウ素の過剰摂取は甲状腺機能亢進症、クロムの過剰摂取では腎不全、セレンの過剰摂取では腎不全や肝機能障害が起こりうる。
マーメッド(R)ワン、Cz-Hi(R)1.5、エネーボ(R)配合経腸用液でクロムかセレンの過剰症が予測される。もともと動けない人のための流動食なのに、それで動ける人のカロリーを賄おうとするとこんな危険がある。
他は目標量より多い部分はあるものの耐容上限量には収まりそうだった。COMP(R)はモリブデンの量が多いが、銅も同時に補っているから銅欠乏症にはなりにくいだろう。
そして長期的な摂取の影響はこれまた不明だ。良かったり悪かったりする。誰か研究して報告して欲しい。
食べ合わせの観点からは2価の金属イオンは互いに吸収率を悪くする。数が限られた輸送体を奪い合うからだ。ただ、どれも量が等しければ等しく競合的に阻害を受けるからどうでもいいだろう。
また金属ということでキレートをされやすい。ポリフェノールやフィチン酸と一緒だと吸収はかなり悪くなる。
結論として無機成分には問題が無きにしも非ずだ。ナトリウムが少なめなのはいいが、ともすれば日中の電解質不足の危険もある。暑い日など電解質のバランスに気を遣うべきだ。

食物繊維

食物繊維は第四の必須栄養素などと呼ばれる。厚生労働省によれば20グラムも摂取しなければならない。
食品区分の流動食や液体で摂取する完全食では食物繊維が重要となる。これがなければ流動食では下痢が頻発するだろう。なお医薬品では堂々と副作用に下痢と書いている。
結論として目標量は満たしているから食物繊維に問題はない。

結局のところ完全食はどうなのか

まず結論として栄養素に関して過不足はない。栄養素的にはそれこそ完全だ。長期的には分からないにしても、中毒症状はまず出なさそうだ。
全部がまぜこぜになることで配合変化や吸収率の著しい悪化はない。人間はそこそこ上手く設計されていて、栄養状態に応じてトランスポーターの発現や排泄量を調整してくれる。現に流動食だけで年単位を生きている人がいるのだから、このタイプの食品だけで生きていけはするだろう。
しかし問題はある。現にソイレントに関して原因不詳ではあるが健康被害があったり、カナダで栄養的に輸入禁止措置を受けていたりする。これはちょっと問題が違うかもしれないけど。
グミの完全食が登場したにしても、人間には噛むという動作が必要だ。噛まないことで口腔環境が悪化したりアルツハイマー型認知症のリスクが高まる。非経口腸管栄養法で栄養的に完璧なのに身体状態が悪くなるのはきっと噛まないからだろう。
液体ということで胃液が食道に逆流しやすい人には辛い。若年層にはあまり問題にならないが、高齢者では胃食道逆流に起因する誤嚥性肺炎が問題となる。
アルギン酸ナトリウムなどpH変化が粘度が増す増粘剤を使用することで更なる腹持ち改善、逆流防止が望めるかもしれない。マーメッド(R)ワンはそれを採用している。
腸内細菌への影響や長期連用に関しても論文がないか信憑性が低い。完全食が腸内細菌に良い影響を与える説もあるが、プロバイオティクスも考えなければならないだろう。
また完全食は1日に3回という食べ方をしにくい。3回に分けて一気飲みしたところで腹部の膨張感の割りに空腹感がすぐに来るだろう。だから断続的に摂取する形式になるが、これは糖尿病やう歯のリスクを高める。
完全食は時間栄養学に喧嘩を売っているだろう。詳しくないし気にしたこともないからなんとも言えないが、生活習慣病のリスクが高まるだとかの意見はある。これまた賛否両論だ。
それはそれとして朝食、昼食、夕食、間食とで成分の配合を変化させるべきかもしれない。朝は素早く利用できるブドウ糖と体温を上昇させるたんぱく質の比率を増やす。昼食は糖質と脂肪を多くしてエネルギーを補給する。夕食は控えめに消化性が悪かったり血糖値が上がりにくい糖質、食物繊維、たんぱく質を配合すると良いのかもしれない。
キシリトール配合のマルチビタミン・マルチミネラルのガムがあっても良い。マルチビタミンのガムは海外で販売されている。ただしビタミンならまだしもミネラルのガムなんて想像したくない。噛むという行為から味のマスクはしにくく、どうしても鉄の味、苦味、金属味になる。
そもそも分割してしまったら完全食のメリットなんて丸つぶれな気がするが。
とはいえ忙しい時に見る目も当てられないような食生活を過ごすくらいなら完全食を食べた方がマシだろう。また気が滅入りすぎて何をする気も出ない時の栄養補給にも役立つかもしれない。気が滅入っている時に栄養が不足すると悪化する。
常食に近くするならFitbit(R)やらMi Bandやらの活動量計を使って自分の1日のエネルギー消費を計算に入れるべきだ。運動量は人それぞれで、正直に基準に従っていたのでは栄養に過不足が生じてしまう。
また急激に置換してしまうのも良くない。せめて1食ずつ置き換えて様子を見るべきだ。
なにはともあれパッケージに書かれている通り医師か栄養士の指導を受けるべきだ。医師か栄養士の……。

参考

日本人の食事摂取基準
Chapter2 経腸栄養2.経腸栄養剤の分類
completefoods
完全食を自作するwiki
COMP(R)
soylent(R)
ドリンクタイプ | 製品情報 | カロリーメイト(R)公式サイト | 大塚製薬
明治メイバランス(R) 流動食シリーズ
CZ-Hi1.5(R)
エレンタール(R)
経腸栄養製品関連情報
医療用医薬品 | 医療関係者の皆様 | アボット ジャパン
マーメッド(R)ワン|食品類製品情報|テルモ 医療関係の皆様向け情報